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大阪高等裁判所 昭和31年(う)1953号 判決 1957年3月27日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

本控訴の趣意は本判決書末尾添附の大阪地方検察庁検事正代理検事飯田昭作成の控訴趣意書記載のとおりである。

原判決は、被告人等の取扱にかかる本件物件について、その犯行に供せられたと目すべき現物のない本件では、被告人等が如何に主観的にそれが麻薬であると確信して取引したとしてもそれだけでは直ちに本件物件が麻薬であつたとは断定できないのみか、検察官提出の全証拠を以つてしても、本件が塩酸ジアセチルモルヒネ又はその他の麻薬であると断定するには、なおいくばくの合理的疑を抱かざるを得ないとして被告人等全員に対し無罪の言渡をしているのである。

ところで論旨第一の(一)において指摘するとおり、被告人朴仁沢の昭和三十年二月二十三日附滝川検事に対する供述調書、金在石の福岡地方検察庁佐藤検事に対する供述調書、神並マツノ方の捜査差押調書、並びに押収品目録、神並マツノの任意提出に係る白色粉末二袋の領置調書、同人の麻薬取締官宛物品二種類の任意提出書及び同領置調書、国家地方警察福岡県本部鑑識課長発九州地区麻薬取締官事務所長及び同取締官宛「物品鑑識結果について」と題する回答書二通を綜合すると、被告人朴は、本件において被告人北畠憲二から購入した麻薬のうちから昭和二十九年五月十九日と同月二十九日の二回に合計約二十九瓦を金在石に転売し、同人がこれを福岡市の神並マツノ方に持参し、密売の現行中検挙されその現場で五月二十九日売却した十五瓦中の八・九四瓦が押収され科学試験の結果塩酸ジアセチルモルヒネであることが確認されている事実が認められるのであるが、原判決はこの点について「被告人朴の前記検察官調書は九州において押収された物件が本件の一部であることを立証する唯一の証拠であるが右調書は本件起訴された昭和三十年二月十四日以後のものであり、その取調が被告人朴の求めによつたものであることが認められるが、その内容並びに第九回公判期日以後におけるこの点に関する被告人朴の供述等からして、如何にも起訴後のこと故、取調官に右の点につき符節を合そうとしたために出来たものではないかとの疑があり到底心証を惹かない」として、金在石に転売した麻薬が、被告人北畠から購入したものであるとの被告人朴の検察官に対する自供の証明力を排斥しているのである。原判決が起訴後第一回公判期日前における被告人の検察官に対する供述調書について、その証拠能力を肯定し、その証明力(証拠価値)を吟味している措置は妥当であると考えるので、この点について考察してみると起訴後調書の証拠価値は起訴後の作成にかかるゆえにこそ、その動機等まで取調べ慎重に判断しなければならないことはいうまでもないことであるが、当審において取調べた被告人朴仁沢が滝川検事に宛てた葉書及び当審証人滝川幹雄の証言によると同被告人は滝川幹雄検事に起訴前二回取調べを受けたが否認のまま起訴するといわれ、刑務所(当時同被告人は別件にて服役中)に帰つた後、自己のこれまでの態度を反省したうえ、起訴後滝川検事に真実を陳述したいからとて右葉書をもつてわざわざ取調べを要求し、同検事は他の手続事件の関係上葉書到着後数日を経て昭和三十年二月二十三日同被告人を取調べ調書を作成したが、既に起訴した事件であるから、該調書は被告の申立のとおりに録取し、日時、数量等多少他の証拠とくいちがいの点があつても、敢て追求せずにそのままにしたというのであつて、その内容からみても、他の証拠と対照してみても、同被告人の記憶ちがいのあることはわかるけれども、原判決のいうように特に符節を合そうとした作為の跡は認められないのみならず、同被告人が故意に虚偽の供述をしなければならなかつたとする特別の事情は全然発見されないのである。そして原審第九回以後の同被告人の公判供述は随所に裁判長から矛盾、虚偽の点を指摘されており、極めて奇怪な供述であつて、到底信用に価しないのである。してみると、本件物件と被告人朴が金在石に転売した麻薬との連繋に関する同被告人の検察官に対する自供は如上のいきさつからみて高く評価すべきは理の当然であつて之を排斥した原判決は結局証拠の価値判断を誤り、事実を誤認したものであるという外はない。そして被告人等が取扱つた本件麻薬はいずれも某国大使館付武官某大尉から出た一封度の一部であることは証拠上明白であるから、本件各取引の物件が麻薬であることに帰する訳で右の事実誤認は被告人全員に対し判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべく原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十二条第四百条本文に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 辻彦一)

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